難波津のおはなし

 

会社帰りに南森町で下車して天神橋筋を歩いてみました。

6~8月頃は、天神橋の上を通る頃にちょうど日が暮れます。西側の風景がとてもきれいなので、スマホで写真を撮ってみました。

右手が中之島公園で、川は土佐堀川です。水面がまるで手の届く距離というほど近く、まさしく水都大阪という感じです。

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古代の大阪は、現在の上町台地に位置する難波津に難波宮と呼ばれる都がありました。難波津を拠点として、瀬戸内海や九州地方、そして大陸との交易が栄えたことから、水の都と呼ばれるようになったそうです。

難波津といえば、有名な和歌がありますが、ご存じでしょうか。

 

難波津に  咲くやこの花  冬ごもり  今は春べと  咲くやこの花

 

これは古今和歌集に収められている和歌で、仁徳天皇が即位される際に、天皇の治世の繁栄を願って詠まれた歌とされています。

更にこの歌は古来から書道の手習いのはじめに用いられたそうです。
現在では競技かるたの序歌として詠まれます。(競技かるたでは「今を春べと」と詠まれます)

さて、大昔の大阪の海岸線は、生駒山の麓まで入り込んでおり、河内湾と呼ばれていました。河内湾の入り口には南から上町台地が突き出ており、その先端は堆積した土砂で埋まり(天満砂州)2~3世紀ころは、河内湾は瀬戸内海から切り離されて湖だったということです。

古墳時代に、瀬戸内海と河内湖の間に運河を作り、その途中に建設されたのが難波津という港なのだそうですよ。

大阪の歴史は古いんですね~。ビルと高速道路の景色からは、昔の景色は想像も出来ませんね。

 

北大阪インプラントセンタースタッフ