インプラント治療を受けるにあたって様々な全身疾患の患者さんはリスクがあるとされています。代表的な全身疾患である高血圧、心疾患、糖尿病、骨粗しょう症のインプラント治療へのリスクについて、インプラント手術がどのような影響があるのかをご説明します。
目次
インプラント治療の全身疾患などへのリスク
インプラント治療は外科手術を伴います。更にインプラント体と骨が結合することで強固な人工歯根となりますので、持病のある患者さんがそれを阻害するようなお薬と日常的に服用しておられると、インプラント治療が失敗してしまう可能性があります。
そのため持病のある患者さんは、インプラント手術をしても問題がないかどうか、事前に全身状態を把握しておくことが重要になります。
インプラントの全身的な禁忌症
持病のある方、服薬中の方などはインプラント治療にリスクがあります。
- 重度の糖尿病、肝臓疾患、心臓疾患、血液疾患等の方
- 頭蓋、顎骨部に放射線照射治療の既往のある方
- 抗ガン剤による治療中の方
- ヘビースモーカーの方
- 薬物やアルコール依存症の方
持病のある方は、健康診断のデータや、薬の服用履歴が記載されているお薬手帳を見せていただきます。また、バイタルサイン(体温・呼吸・脈拍・血圧)の測定と必要に応じて血液検査、尿検査、心電図検査、胸部X線検査などを行います。一部の検査は患者さんのかかりつけ医にて行って頂きます。
インプラント手術に対するリスクファクター(危険要因)となる全身疾患はいくつかあります。代表的なものは高血圧症、心疾患、糖尿病、脳血管障害、骨粗しょう症などです。これらの疾患がある場合、インプラント治療ではどのような点に注意すれば良いのでしょうか。
高血圧症の方がインプラント治療を受けるリスク
高血圧症の方は、外科手術時に高血圧症の原因である動脈硬化が進行して脳(脳出血・脳梗塞・くも膜下出血)、心臓(狭心症・心筋梗塞・心不全)、腎臓(腎障害・腎不全)などに合併症が起こる可能性があります。そのため高血圧症がお薬によって適切な値にコントロールされていない場合は、インプラント治療を行わないのが基本です。
血圧のコントロールが十分に出来ているなど、一定の条件のもとであれば、インプラント治療を受けることで何か問題が起こるといったリスクは少ないと考えられます。ただ、血圧はほんの少しの気持ちの揺れでも上下してしまうものです。歯医者が苦手な方、怖がりの方、ストレスに弱い方には、手術時の局部麻酔の前に笑気麻酔や静脈麻酔(静脈内鎮静法)をおすすめすることもあります。
心疾患の方がインプラント治療を受けるリスク
心疾患の代表的なものは心筋梗塞・狭心症・不整脈・心不全・心臓弁膜症・心筋症などが
あげられます。
心筋梗塞を発症したことのある患者さんに対しては、心筋梗塞の治療から6ヶ月以上経過後に、健康状態が良好である場合はインプラント手術が可能とされています。
狭心症の場合は、薬により良好な状態がコントロールできていれば、インプラント手術が可能とされています。
心疾患で高血栓療法(血栓症の発症を抑制する治療)を受けておられる患者さんは、インプラント手術での出血時のリスクが高くなる場合があります。
心疾患の患者さんは、事前にかかりつけの医療機関の担当医にもよくご相談されて、担当医の了承を得られた場合のみ、インプラント手術を受けられることをお勧めします。
血圧の上昇
インプラント手術自体が、患者さんにとってストレスとなり、血圧が上昇することがあります。特に心血管疾患を持つ患者さんの場合、高血圧や心臓発作のリスクが増加する可能性があるため、手術前の十分なカウンセリングと、血圧を安定させる治療が重要です。
血液サラサラ薬の影響
心血管疾患の治療で使用される血液をサラサラにする薬(抗凝固薬)を服用している患者さんは、手術中や手術後の出血リスクが高まる可能性があります。服用している薬に応じて、歯科医と事前に治療計画を調整することが必要です。
糖尿病の方がインプラント治療を受けるリスク
糖尿病の患者さんは、手術中のリスクと、手術後のインプラント体と骨の結合に対するリスクの二種類のリスクが考えられます。そのため、手術中と術後に低血糖・高血糖にならないように全身の管理が必要になります。
糖尿病の方が高血糖が続くと、組織や細胞を低酸素状態に陥らせ、好中球(白血球の1種。殺菌を行い、感染を防ぐ役割を果たしている)の機能を低下させるため、術後の感染の危険性が増してしまいます。更に、傷が治りにくくなる術後創傷治癒不全を招くことがあります。
高血糖の状態になると、骨芽細胞の機能や数が低下しますので、インプラント体(人工歯根)と歯槽骨(顎の骨)の結合を阻害し、インプラントと骨がしっかり結合しない可能性があります。
また、糖尿病は歯周病と相互関係があることも無視できません。糖尿病が進行すると、患者さんの身体の抵抗力や免疫力が落ちて、とても感染に弱い状態になってしまいます。インプラントは歯茎からの歯周病の感染に弱いため、糖尿病の患者さんはインプラント手術後に周囲炎にかかりやすいというリスクがあります。
治癒の遅延
糖尿病の患者さんは、血糖値のコントロールが不十分な場合、傷の治癒が遅れやすくなります。インプラント手術後の治癒が遅れると、感染リスクが高まり、インプラントが骨としっかり結合するまでに時間がかかる可能性があります。治療前に血糖値を安定させることが重要です。
感染リスクの増加
高血糖状態が続くと免疫機能が低下し、感染症にかかりやすくなります。インプラント手術後の感染を防ぐために、歯科医師と連携し、適切な血糖管理を行う必要があります。
骨粗しょう症の方がインプラント治療を受けるリスク
骨粗しょう症は閉経後の女性に多く見られ、骨密度の低下、骨質の劣化が起こる骨格の疾患です。骨密度や骨質が悪くなると、インプラント体が骨の中で安定して結合することが出来ないという大きなリスクとなります。
歯槽骨への埋入直後にインプラント体が骨に固定されることを初期固定(インプラント体埋入直後の骨との固定)といいますが、骨粗しょう症の方は、この初期固定が失敗するリスクが高まります。初期固定が何とかうまくいったとしても、インプラント体と骨が結合し、その状態を維持することが難しいといったリスクがあります。
骨粗しょう症にも段階があり、どの程度の骨粗しょう症の方にインプラント失敗のリスクがあるかははっきりとわかっていません。そのため、骨粗しょう症の患者さんが治療薬としてビスホスホネート系薬剤を使用しているかどうかで判断する場合が多いです。
ビスホスホネート系薬剤を使用している患者さんは、インプラント手術によって細菌が歯槽骨に侵入して炎症を起こし、顎骨壊死を引き起こすリスクがあることが問題になっています。
そのため、骨粗しょう症のお薬としてビスホスホネート系薬剤を使用している患者さんには、3ヶ月以上薬の服用を止めれる場合は、インプラント手術を行うことが出来るケースもあります。他の骨吸収抑制剤でも顎骨壊死を引き起こす薬剤もありますので、担当医とよく相談なさってください。
骨の質の低下
骨粗鬆症を患っている患者さんは、骨の密度が低いため、インプラントの固定が難しくなる場合があります。骨の質が低下していることで、インプラントが骨と十分に結合しないリスクが高まります。特に女性の高齢者に多い疾患であり、事前に骨密度の評価が必要です。
ビスフォスフォネート薬の影響
骨粗鬆症の治療薬であるビスフォスフォネート薬を長期間服用している場合、顎骨壊死(あごの骨が壊れること)というリスクがあります。インプラント手術を行う前に、この薬の使用歴について歯科医師に伝え、必要に応じて医師と連携して治療計画を立てることが推奨されます。
免疫力が低下している患者さんにおけるリスク
感染のリスク
免疫系が弱い患者さん(がん治療を受けている、免疫抑制薬を服用しているなど)は、インプラント手術後の感染リスクが高まる可能性があります。感染症が重症化するリスクがあるため、治療前に免疫力を高めるためのサポートを検討することが重要です。
抗生物質の使用
免疫力が低下している患者さんには、感染予防のために抗生物質が術後に処方されることがあります。これにより、感染リスクを軽減できますが、抗生物質の使用については事前に医師と相談する必要があります。
インプラント治療の全身疾患へのリスクに関するQ&A
持病のある患者さんは、インプラント治療を行う前に全身状態を把握するために健康診断のデータやお薬手帳を歯科医院に提供します。また、バイタルサインの測定や血液検査、尿検査、心電図検査、胸部X線検査などの検査を行い、かかりつけの医師と相談しながらインプラント手術の適格性を確認します。
高血圧症の方は、インプラント治療の際に高血圧による合併症が起こる可能性があります。したがって、高血圧が適切にコントロールされていない場合は、インプラント手術を行わないことが基本とされます。
糖尿病の患者さんは、手術中と術後のリスクが考慮されます。高血糖状態では感染のリスクや創傷治癒不全が増加し、骨精密さが低下するためインプラントの結合にも影響を与える可能性があります。
まとめ
このように、持病のある患者さんに対しては、持病の担当医と歯科医師とが連携してインプラント治療が可能かどうかを慎重に判断するといった対応が必要になります。
中高年になると、何かしら病気を抱えている人が多くなるものです。インプラント治療を受けたいけれど、持病があるから無理だろうとすぐにあきらめず、持病の担当医や信頼のできる歯科医師に相談して安心してインプラント手術を受ける方法を模索してみるのも、一つの方法です。